偲ぶ会
2017年4月1日(土)テーマ:ブログ
4月2日(日)、臨時休業を頂く事にしました。
今月の17日に訃報が届きました。
白石徹氏(享年60歳)
白石さんとは、2011年にご縁を頂きました。
その後、大変可愛がって頂き、公私共々本当に本当にお世話になりました。
それだけに余計、突然の訃報にビックリでした。
皮肉にも父親と同じ病気での他界。
ただただ残念です。
白石さんは、愛媛県新居浜市のご出身です。
仕事でも呼んで頂き、2回程行かせて頂きました。
※2011・11月_新居浜駅前広場にて
この後最初に再会したのが、気仙沼に支援で入り、先日惜しまれながら閉村した
気仙沼横丁でした。
音楽が好きで、自らも渋くダンディなボイスで歌います。
歌っている時の白石さんは、本当に気持ち良さそうに最高の笑顔です。
この次の年の来市の時には、とある場所でコンビニの蕎麦を
二人で一緒に食べました。
今でも本当に嬉しく最高の思い出です。
ご自身の『白石とおるを囲む会』には、地元でもない新富へ
お声掛け頂き、都心の有名ホテルで数回握る機会を与えて下さったり、
800〜1,000名もの方々を前に壇上にて『気仙沼市』や
『新富寿し』の御紹介して下さったりと貴重な経験をさせて頂きました。
気仙沼市へボランティアを募り仲間と共にマイクロバスにて
特に鮪立地区には、幾度となく駆けつけて下さいました。
離島気仙沼大島へのフェリーも御支援くださり多くの方々の安堵に
繋がりました。
再開した新しい新富にも来て下さいました。
その時は、東京からではなく愛媛県からの飛行機で来店。
多忙にも関わらず、本当に本当に感謝です。
(リンク:白石とおるブログにて詳細は、コチラ)
最後に白石さんに喜んで頂く為に感謝の気持ちを伝える為に
新居浜市へ行く事にしました。
マネージャーも行きたいところではありましたが、思いを託し今回は、
自分が代表で行く事になりました。
こういう形での再会とは、夢にも思いませんでしたが、
しっかりお別れの言葉を伝え、自分にできる最後の感謝の気持ちとして
お務めしてきたいと思います。
気仙沼大島架橋
2017年3月31日(金)テーマ:ブログ
28日深夜〜29日にかけてメインとなる大島架橋の
アーチの部分が見事接合されました。
SNS等では、友人らがいろんな角度から様々な画像を
アップしていてちょっとしたお祭り騒ぎみたいな感じでした。
この日、仕事が終わったのが結構遅かったので、
早朝に見学に行くか、深夜に行くか迷ったんですが、
そのまま深夜の作業を見にいき、歴史の瞬間時は、SNSにお任せする事に。
現場に付くともう、ホント凄いです。
相変わらずの存在感の深田サルベージは言うまでもありませんが、
何が凄いって、ギャラリーの数です。
冷え込みが厳しいこの日の夜でしたが、
凄いレンズのカメラを凄い三脚に乗せ、待ち構えている人。
車の中でその時を今かと待機している人。
そして、深夜にも関わらず、行き帰りの対向車の数!
そして、その車のほとんどがなんと『レンタカー』です。
東北では、なかなかお目にかかれないシーンなので、
盛り上がりますよね♫
自分も瞬間を見てみたかったです。
現場の方々が、アーチ部分にいるのを初めて見ましたが、
いろいろ凄いですね。
ちなみに上記画像では、アーチ部分の頂上に目視で5〜6人位は確認できました。
アーチ部分からそんなに離れてはいないんですが、人が米粒程度に確認出来ます。
自分は、絶対に登れません。無理です。ましてや深夜に頂上で作業するなんて。。。
仕事終わってからだったので、マネージャーに付き合ってもらいました。
せっかく来たので、対岸方面まで足を伸ばしてみようという事で。
何故か、対岸から見ていたらちょっとだけ悲しい気持ちになってしまいました。
理由は、・・・、内緒です。が、女性にフラれたのを思い出した訳ではないです。
そんなにおセンチではありません。
何も考えずに見ると凄いし、綺麗な光景です。
凄いついでに、この画像、iPhone7plusでの撮影ですが、
自分が撮影してもホント綺麗に撮ってくれますね。
携帯のカメラ、恐るべし♫
早朝から昼にかけて無事成功のようでした。
事故もなく、海も凪ぎでしたので、運搬も多少遅れはあったものの
順調に行ったみたいです。
開通は、もう少し先のようですので、
近くなりましたらお知らせ致します。
容易に想像できるのは、この大島架橋から見渡す景色が最高という事実。
そして絶景です!間違いありません!!!
悲しい気持ちが多少ある反面、とても楽しみな自分もいます。
いろいろ難しいお年頃なんですかね(笑)
でも、もう少しで完成するので、やはり楽しみです。
皆さんもぜひぜひ気仙沼の新しい絶景ポイントを楽しみにしてて下さいね。
あっ、どうでしょう???
橋の上で停車できるのかな・・・
危険だから無理かな・・・。
復興屋台村気仙沼横丁・閉村
2017年3月30日(木)テーマ:ブログ
出会いと別れが交錯する今月。そんな中、
惜しまれながら気仙沼横丁が閉村しました。
震災後、市内で1番最初の仮設店舗としてオープンしました。
その後、6年に渡り仮設店舗から全国に気仙沼を発信し続け、
気づけば、今まで市内に無かったカテゴリーを確立し、観光、
遊び、出会い、グルメと全てを一箇所に集約した素晴らしい
仮設商店街でした。
普通に仮設商店の域レベルではありません。
事務局の小野寺氏が中心となり、snsで上手く拡散し周知に努め、
ならではのイベントを開催し、Power溢れ被災地感を感じさせない
楽しい場所として愛された横丁だったと思います。
閉村式夜、店舗にはまだまだ名残惜しそうに多くのお客さんがいました。
遅くはなったものの仕事を中断し、気仙沼横丁の勇姿を携帯に収めたくて
行ってきました。
12時は過ぎていましたが、気仙沼湾隣にある横丁は、
三陸気仙沼の綺麗な海をイメージさせるようなブルーのLEDに照らされていました。
復興屋台村気仙沼横丁、6年間本当にありがとう!
お疲れ様でした。