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2026年2月13日(金)テーマ:blog
❝わたしまーつは いつまでもまーつは❞
このブログを書きながら
歌い出しそうになった
寿司屋の大将です。
いつまでも待つは言い過ぎやろ。
=====
今日は、
最近ハマっている漢字
その根源にある
【のぎへん(禾)】について
話たいと思います。

通称、【のぎへんタイム】
(勝手に命名)
=====
最近つくづく思う。
世の中、ほんとに
速くなったなあと。
注文も、決済も、情報収集も、
気づけば「待つ」ことが
ほとんどない。
便利でありがたい反面、
待つ時間そのものが、
ちょっとしたストレス扱いされる
時代でもある。
寿司屋の現場も
時代の流れとは
無縁ではいられない。
効率よく回す工夫、
ムダを省く仕組み、
そういうものが
必要なのもよく分かる。
実際、取り入れていることも多い。
それでも
どうしても
削れない時間がある。
米を扱う時間。
火を入れる時間。
味が落ち着くのを待つ時間。
正直、すごく非効率だ。
でも、
その“非効率な時間”の中でしか
生まれないものがある。
【 禾 (のぎへん) 】という部首がある。

稲の形をもとにした漢字で、
実るまでの過程を
そのまま文字に
閉じ込めたような存在だ。
すぐに結果を求めない。
手をかけて、
季節をまたいで
ようやく実る。
この感覚、
いまの社会とは真逆に
見えるかもしれない。
けれど、
だからこそ価値がある。
何でも早く手に入る時代だからこそ、
時間をかけて育ったものは、
自然と目に留まる。
工場で量産されたものの横で、
手仕事の品が
“特別”に見えるのと
構造は同じだ。
時代の変化の否定ではない。
工場の量産も手仕事の一品も
便利さもスピードも
ちゃんと使えば
人を楽にしてくれる。
ただ、
そのスピードの中に身を置きながら、
あえて“遅い価値”を残すことも
ひとつの選択肢だと思っている。
のぎへん的な時間。
育つまで待つこと。
手間をかけること。
すぐに結果が出なくても、
積み重ねること。
それらは、時代遅れではなく、
むしろ、
変化のスピードが上がるほど、
静かに価値を
増していくものなのかもしれない。
速さの中に
あえて残す
「待つ」という余白
その余白があるからこそ、
食べる側も、作る側も、
ほんの少しだけ
呼吸が深くなる。
そんな余白を、
これからも
大事にしていきたいと思っている。